音楽の前に言葉は力を失う
2008-02-03 Sun 20:31
私は最近友達に誘われ,オーケストラを見に行きました.初めてコンサートホールで生の演奏を聴き,衝撃を受けました.それは私の中で革命が起こったとしか表現できませんでした.
いい音楽を聴いた後,あの何とも言えない思い,何かを言葉にしたいという衝動に駆られ,言葉にしようとするが,結局適した言葉が見つからないという経験をしたことがあると思います.また,感動のあまり言葉を失うこともあるでしょう.音楽には,言葉では表現できない絶対的な何かがあり,それは私たちの生活に欠かせないものだということは,古今を通して感じとられてきました.その表現できない何かについて,音楽と脳の関係についてとても興味深い本を読みました.その本は茂木健一郎さんの「すべては音楽から生まれる」です.ここで少し紹介したいと思います.

"脳の中には一千億個の神経細胞がある.その活動がお互いに響き合って私たちの意識を創り出している.その様子は,オーケストラの様々な楽器が力を合わせて一つの音楽を生み出すプロセスに似ているのだ.外から音が鳴り響くずっと前から,私たちの脳の中では神経細胞たちの「音楽」が鳴り響いている.内なるシンフォニーに,外からの音の刺激が付け加わる.合わさり,重なり,融合する.音楽を聴く時,私たちの脳の「内なるシンフォニー」は「外から来るシンフォニー」とトキメキに満ちた出会いを果たすのだ."

私は,脳で音楽が鳴り響いていることを意識することはできない.しかし,いい音楽,自分が望む音楽を聴くことで,自分の脳と共鳴し,その共鳴こそがあの何ともいえない思いに繋がると理解しました.いい音楽を聴くことで,自分の脳の状態をよくし,その結果,すばらしい意識が生まれ,すばらしい意識はその人の生き方に反映される.この本のタイトルのように音楽こそが全ての原動力だと思いました.音楽好きの方々,是非読んでみてください.  (MT)

本:茂木健一郎著,すべては音楽から生まれる,
すべては音楽から生まれる (PHP新書 497)すべては音楽から生まれる (PHP新書 497)
(2007/12/14)
茂木 健一郎

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Horizon
2008-01-06 Sun 15:59
世界は平面でできていて,水平線の向こうには大きな滝が存在すると考えられていた時代もあった.現在では幸か不幸かわからないが,地球は丸いというのは一般常識にまでなっている.
初日の出を見るために海岸へ行った人もいるであろう.そして少なからず,水平線を見て,地球が丸いことを再確認した人もいると思う.しかし実際,水平線は平らであって,湾曲しているように見えるのは,錯覚であるといわれている.この錯覚はなぜ起こるのか.その一つとして,地球が丸いという先入観によるとも言われている.もしそうだとしたら,地球は平面であると考えられていた時代の人々にとって,水平線はどう見えていたのだろうか?
現在ではあらゆることが科学によって解明され,インターネットなどにより簡単に様々なことを知ることができる.私は先入観によって直線であるはずの何かを湾曲して見ているのではないかと,水平線上では比較的大きく見える太陽を拝みながらふと思った.
私が水平線を理解するには百年早いと思う.ただ,水平線は不思議であり,魅力的であると私は思う.

MT
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Crow
2007-11-27 Tue 09:36
私の研究のテーマには,光が関係してくる.そこで光について学んだこと,そして私の考えていることを追加して,ここで述べようと思う.

光は波であり,その波長の違いにより色は異なる.そして光の三原色,赤,緑,青の波長の光の量を調節させるだけで,全ての色の光を作り出すことができる.とはいっても,色とは物理量というよりも,我々人間が脳で生み出す心理的な量である.もう少し詳しく言うと,網膜には杆体(かんたい)と錐体(すいたい)という光を受け取る細胞がある.杆体は主に明暗を識別する.錐体の中で実際に光を受け取る視物質には3種あり,それぞれ赤,緑,青の光を主に受け取る.これら3種の視物質の強弱を組み合わせが視神経から脳に伝わり,我々は色を判断している.よって光の三原色を調節することで杆体と錐体を刺激し,色を感じることができるのだ.
人間は錐体の視物質は3種あるのに対し,ほとんどの哺乳類では,2種類しかないといわれている.よって色彩は乏しい.スペインの闘牛場でマタドールが赤の旗を揺らし,牛を興奮させているというが,牛は赤色をみて興奮するのではなく,ただ,動いている旗をみて興奮するそうだ.牛には人間が感じる「赤」ではないから.
一方,魚類や爬虫類,鳥類は錐体の視物質の数は4種あるといわれている.例えば鳥類は,人間には見えない紫外光も見えるそうだ.紫外光も見えるとはどういうことだ??人間に見えない世界が彼らには見えるということなのか?ここに想像の余地があるのではないかと私は思う.
カラスについて考える.カラスの脳は他の鳥類と比べ,脳の容積が大きく賢い.さらに油球という色をより鮮明に見えるようにするためのフィルタのようなものを持っていると考えられている.脳が大きいから脳の処理能力も高いとはいえないかもしれないが,これら二点を追加して,カラスは最も世界を鮮やかに見えている動物ではないかと考える.では具体的に何が見えるのか.その一つとして考えられるのは幽霊でないかと私は思う.カラスには何か不吉で,カラスの大群を見かけると,何か嫌なことが起こっているのではないかとぞくぞくする.幽霊という存在がもし存在するならば,幽霊の発する光は紫外領域にあるのではないかと考える.例えば,青白い何かを見たと人は言う.また幽霊には足がないって噂.その理由は可視光よりも波長の短い光を放出するにはエネルギーがたくさん要るからであって,そうなると幽霊は最も伝えたいところから順に現れたい.するとどうしても足は優先順位が下がってしまい,足を出すエネルギーが尽きてしまうからであると考えられる.そんなようなことを私は本で読んだことかある.
ここで思うことは,一般の人には視物質が3種しかないので見えないが,霊能力者にはきっと突然変異か何かで4種の視物質をもっていて,それは紫外光をキャッチでき,幽霊が見えてしまうという仕組みだ.大人よりも子供のほうが幽霊を見やすいという.その理由として,偶然生まれつき紫外光を感じ取る錐体をもっていたが,成長とともに4種目の視物質が消えてしまうからではないかと考える.最も大切なことは,色は心理的な量である.子供心を忘れるということは,紫外光を感知する錐体がなくなってしまうことではないのか.と幽霊を見たことのない私が考える.
最後に書きたいことは,カラスにも見えないものがある.それは半透明で黄色のゴミ袋だ.やつらにはゴミ袋の中に何が入っているかわからない.まぁその中身なんて,人間の欲によって汚染された恐ろしい塊なのだが.幽霊は見えても,カラスにはそれは見えない.

参考文献 Newton 2007/7 

MT
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