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2008-08-20 Wed 00:11
Blog記事強化週間ー記事6
少子高齢化問題+環境問題→経済規模の縮小 環境問題と少子化問題は現在、筆頭の社会問題であるが、ビジネスの倫理的な善悪の境界はこれらを解決するにはあまりに曖昧である。 血のにじむような努力の末に開発された技術が、環境コストを度外視していたという事例などは珍しい事ではないだろう。 このようにビジネスが外部社会にあたえる負の影響が過剰になるという事は当然のことらしい。 大切な倫理観は営利活動と関係のない所で話し合われるべきではないか。 内容の無い対策がイメージを纏って一人歩きしている気がしてならない。 東証新規上場企業数の推移を見れば、過去の日本においては今以上にヴェンチャーの挑戦機会に富んでいたことがわかる。 消費大国日本のビジネスシーンは挑戦機会に満ちていて、今後も多種多様のサービスが提供されるであろう。 しかし、国内に限って言えば人口が減少していくのと連動して、市場も同様に縮小していくはずである。 そこでビジネスに自由が与えられ過ぎている事に疑問を抱かずにはいられない。 資金がどうこうではなく環境問題や少子高齢化のような外部不経済と呼ばれる悪影響の事を考えれば、今後の企業はもっと高いハードルを超えていく必要性はないだろうか。 とはいえ、それを据え得る国政には主導的に環境問題に取り組んでいくためのカリスマ性が欠けているとも同時に思うが… 環境性能の高い燃料電池車をイメージ戦略の一環として取り入れたりしているという現実がとても空虚に感じられる。 富が集中し、相対的に十分なお金を得られない人が増えている。 CMで見るような高級車であったり、海外の砂浜で寝そべるような夢のためのお金である。 国民が自分は経済学的な負のサイクルの中にあるという事を暗に自覚し、これを不安視しているために貯蓄資産が他国と比べて多いのだろう。 ビジネスが社会にもたらす負の影響によって、低所得者の生活水準が脅かされていることと、出生率が年々低下する傾向はとても無関係の事とは思えないし、今後も出生率が低下すれば、上の図式に日本が当てはまってしまっていることを明確に実感できるだろう。 日本の今後の経済規模は縮小の一途をたどる気がしてならない。 Y |
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2008-02-01 Fri 01:25
先日は「小人ミーティング」で、分野を超えていろいろな人の話を聞く事ができてよかったです。普段は一人で考え事をする事が多いですが、皆さんとお話しして、2次元的な広がりを感じました。また、このような機会を作っていきましょう。
最近就職活動の一環でも未知の人と話を交わす機会が多いです。このような機会は自分の生活を顧みるいい機会であると思います。世界にあふれる「プロフェッショナル」から敵対関係、競合関係を持つ事をなくして、貴重な情報を得る事ができます。このような経験の中で、一人で考え事をしているだけではえる事のできない知識を、相手の実体験に基づいた形で得る事ができます。 情報には価値があると思います。情報を得る状況は、インターネット、テレビ、新聞、人との会話などさまざまですが、人との会話で得られる情報、なかでもその人の実体験に裏打ちされた情報は大変貴重であるように思います。 インターネットは確かに便利です。僕も毎日web上の情報に振り回されています。しかし、「嘘を書いてはいけない」わけではないですし、情報を発信している人とは全く面識がないという事もしばしばです。では、インターネットで得た情報の信憑性はどうでしょうか。もちろん、発信する側は嘘を書いていては損をする事もあるでしょう。しかし、情報の裏付けをするのが厄介な事、そもそも情報を操作したいなど情報の信憑性を揺るがす心象的な要素はいくらでもあります。 目は口ほどにものを言う、とは言いますが、嘘をついていればその人を見ればわかる、会話の中で嘘を見破ったことがあるという方は多いのではないでしょうか。些細な意味合いの違い、あえて指摘するほどではないにしても、あれ?と違和感を感じたりしたことはないでしょうか。 web上でこのような事を書いていては、ばかばかしいと思いますが、情報は伝わる過程でその形を変えてゆきます。インターネットから得てくる情報、本を読んで得た知識も取り扱いを誤るといけないので、注意しておく必要があると思います。 |
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2007-12-08 Sat 01:52
あんまり空ばっか見ていてもしょうがないですが, いやなことがあったら空を見上げればいいのさ, ではないですが最近宇宙の大きさに改めて驚いています.
宇宙は端から端までおよそ150億光年(1光年は約9.5兆km)という長さを持っています. その中でこうして「星って奇麗だなぁ」とか「星ってなんで光っているんだろう」とか考えたりできることって, 途方もない巡り合わせがあってこそのことだと思います. 今こうしてPCに向かって記事を書いている最中にも, 太陽の何百倍っていう大きさの星が爆発したり, 銀河系の数千光年先では銀河と銀河が衝突したりしている. 科学の力無しでは, 決して見えなかった世界を見ているからこそ, 「人」という存在の尊さに気づくことがあります. 地球という枠組みで見れば, 発展, 平等の名目のもと, 人はありとあらゆる資源を食いつぶしてきました. しかし, この広い宇宙がどのようであるのか, 考えることができることも, これまでの「人」がなし得た偉大な功績と呼べることだと思います. しかしそれは一握りの天才科学者がなし得たことではないと思っています. 「人」の紡ぎ出す科学, 社会, 文化と生物の歩む絶え間ない生活の結果として今空を見あげて感動することができるんだと思います. 話が大きくなったを通り越して, 遥か彼方まで飛んでしまっているような気がしますが, 今日はこの辺で... Y |
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2007-11-22 Thu 00:00
まずN君とTomoに、ここに記事を書かせてもらえることを感謝します。
人の脳は、生まれたときから目や耳、鼻、肌で触れた情報を適切な方法によって処理しています。未知の対象に触れたとき、脳はその補完能力(想像力)によって、自らの記憶と反応し、その後の経験を併せて、時にそのまま疑問として蓄積し、いずれ忘れてしまうものなのかもしれません。例えば高校のときに遭遇した三角関数とか対数関数とかはあまりその有用性に気づかず、堆積した記憶の中に埋もれたまま。。 しかし、多くの工学や理学を学ぶ人にとって数学は未知の言語として蓄積させておいてもいいものではなくて、実際に書籍に突然現れる数式の存在に手を焼いてしまうこともあるかと思います。数式はその指し示す事実に置き換えてとばしてしまえば、、なんとなく話の全体像にあまり影響はないようなこともあるかと思います。ただ、先に言った通り、人は未知の対象に触れたとき、想像力によってその情報を補完しようとします。或いは、人に聞いてしまうのも方法の一つでしょう。この数式全然わからんわ。。。 数式の難しい点の一つは、未知数を x とおくところにあると思います。これは未知の対象をアルファベットで代用し、ある種の条件を満たす集合の元をまとめて取り扱うという側面を持ちます。xが数であれば、問題ないですが、未知の対象にはなんでもアルファベットやギリシャ文字をあてがいます。難しい状況を考えれば、 d を外微分 Ω^n → Ω^(n+1) とする。ただし Ω^k は k 次微分形式の全体とする。 と現れるかもしれません。これでは、微分幾何に詳しくないと太刀打ちできません。ただし、微分幾何においてこのような表現はとても自然で、説明なしに話が進んでいきます。こうして文献の著者は、伝えたいことを効果的に記すことができるようになるのです。そして、上の表現がわからない人は一つ基礎に立ち返るわけです。こうやって本を一冊一冊と読むうちに重複なしにさまざまな理論を学んでいくことができるのです。 数式に浮かぶ疑問全てにつきあえればそれに越したことはないですが、それは本当に難しいと思うので、差し迫る用事のない暇があれば、数学の扉を開くのも刺激になると思います。 思ってたより、主張のない文になってしまいました(苦笑)科学において考えることの本質ってなんだろうという疑問を持って書いてみました。 Y |
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| 巨人の肩の上から |
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